新規就農の失敗談②~落ちぶれ農家の末路~

 

前回「新規就農の失敗談①」のつづきです。

 

帰ってしまった研修生の女の子は勤務先の近くにマンションを借りていたのでその空いた部屋を僕はそのまま使う事になりました。

 

弟子の40歳くらいの女性も同じマンションに部屋を借りていました。

そして、農家のおじさんは近くにある自分の家には帰らずその女性の部屋に寝泊まりしていました。

 

集合は朝6時。

その女性の部屋に行って朝食の支度をして3人で朝食。

午前の仕事が終わったらマンションに帰って3人で昼食。

午後の仕事が終わったら買い出しに行って夕飯の支度をしてこれも3人で夕食。

おじさんの話が長いのでだいたい解放されるのは夜の10時くらいになりました。

 

そして、僕の扱いも帰ってしまった女の子と同じような感じになりました。

 

何をしても怒鳴られる。すべて責任をとられる。人格否定する。「こんな風に育てた親が悪い!」と親を中傷する。「お前なんかと友達になるなんてロクな友達じゃない」と友達を中傷する。といった具合です。

弟子の女性は農家のおじさんのイエスマンです。 

 

 

仕事内容はほとんどが草刈り。そして、壊れたビニルハウスの片付けでした。

 

その時は何も知らなかったので分かりませんでしたが、1月のいう冬野菜が採れるシーズンにどこの畑に行っても農作物はなく草だらけ。壊れたビニルハウスは放置しぱなっしと異常な状態でした。

 

仕事中は弟子の女性と農家のおじさんは二人でどこかに行くのでだいたい一人でしていました。

 

農家のおじさんが帰ってきて仕事の進み具合を見られると、

「仕事が遅い!」「お前は無能だ!」「ワシの若い時はお前の倍以上はできたぞ!」

という感じの言葉がきました。

 

まぁ、自衛隊や警察の知人はもっと厳しかったという話を聞きますし、農業の世界も厳しい世界だと覚悟して入ったのでこの程度の事は想定の範囲内だったのですが、問題は何かある度にお金を出せと言われる事です。

 

主に肥料代や苗代などです。「苗代がなくてお米つくれないから貸してくれ!」「肥料代なくてお米つくれないから貸してくれ!」といった具合です。

 

もう200万円も払ってしまっているので後には引けないからか、また、200万円と比べたら少額だからかなのかそれとも、一日中説教されているので洗脳されてしまっていたからなのか分かりませんが、言われるたびに出してしまってました。

 

そして、気が付けば現金はもちろんなくなり、カードローンも限界枠まで達してしまってました。

 

 

ここまで来るとバカな僕もさすがに手詰まりだと思い辞めました。約1カ月間という短い期間でした。

 

 

 

辞めたので出資したお金の返済の話になります。

 

お金はどこに行ったのか?という話をすると、

「田んぼを借りるのに使った。」

「お前がやるって言うから田んぼをたくさん借りたんやぞ!」

「こっちが被害者や!」

と言われました。

 

「領収書とか証明するものはないのですか?」と聞くと

「農家はそんなの書かへん。口約束だけや。お前は農家の事知らんから分からないやろ?」

と一点張りでらちがあきません。

 

(※実際はほとんどの田んぼはタダで貸してくれますし、農家もちゃんと領収書かきます。当たり前ですが、、、)

 

 

なので弁護士に相談しました。

その結果、お金が無い所からは取れない。費用も時間もかかるからできるなら示談で少しでも返してもらった方がいいとの事でした。

 

という事で何度も示談した結果、少しずつ返してもらう事になりました。期待はできませんが。

 

 

 

後から聞いた話ですが、この農家、昔は講演などしてそこそこ有名な農家で研修生が何人も来ていたらしいです。

 

しかし、色んなトラブルで辞めてしまった研修生達がグループ組んで訴訟を起こし、それに敗訴して多額の賠償金が必要だったらしく、僕がターゲットになったみたいです。

 

 

ちなみにこの農家は今でもほそぼそと農業は続けていますが税金も払えない状態で差し押さえもされてるようです。

 

 

 

 

、、、そんな感じで大失敗した僕ですが、まだ農業する事諦めませんでした。

 

そして、また失敗を繰り返します(笑)

 

 

続く

 

 

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新規就農の失敗談①~田舎と農家はいい人だという幻想~

 

もう5年前になります。

 

僕が農業の道を志したのは30歳の時。

 

それまではプロの格闘家をやっていたのですが、30歳になってもうだつの上がらない成績だったので引退しました。

 

そして、引退後にやりたいと思ったのが農業です。

 

 

・格闘技の後輩や子供達に良いものを食べてもらって強くなって欲しい。

・ヒトが生きるのに最も大切なものは「食」だと思うので、それを生産できる人間は強い。

そして、

・「農業は儲かる!」といった安っぽい新規就農本の影響でこの業界にはビジネスチャンスがある!

 

と安易に考えて農業の道を志しました。

 

 

なぜ丹波を選んだかというと一応、小さな時から育った街なのと「有機農業」を推進しているからです。

 

しかし、僕の実家は農家ではなく、農家の知り合いもいません。

 

なので「新規就農」をする事になります。本や公的機関で相談して調べたところ、

 

就農するには

1.農業大学校等の教育機関で勉強する。

2.先進農家で研修をうける(給料は無し)。

3.農業法人等で雇用され、技術が身についたら独立する。

 

という道がありました。

①はお金がかかる。②は生活費が賄えない。

で給料ももらえて勉強もできる③を選ぶ事にしました。

 

 

当時はまだ大阪で仕事もしていましたので伊丹市のハローワークで丹波での農業の雇用の求人を検索しました。

 

すると、1件だけヒットしました。すぐに面接を受けに丹波まで行きました。

 

そこには60代の昔から有機農業をしていたというおじいさん。

弟子である40歳くらいの女性

研修生である25歳くらいの女性がいました。

 

面接を受けたら即採用ですぐにでも来て欲しいと言われました。

 

すぐに仕事を辞めて農業にとりかかりたかったのですが、仕事を辞めるのに3カ月かかるとの事でそれまでは週2日の仕事が休みの日だけ出勤する事になりました。

 

 

仕事で帰宅するのは夜中の2時。3時に就寝して4時に起床。5時過ぎの始発に乗って2時間かけて出勤していましたのでなかなか大変でした。

 

さすがにめまいがしたりフラついたりしましたので「お前体力ないな~」と言われて腹が立ちましたが僕に対しては初めは優しかったです。

 

 

しかし、研修生の女の子は非常に厳しい扱いを受けていました。

 

仕事は普通にしんどいというレベルでしたが、精神的な追い込みが厳しかったです。

 

何をしても怒鳴られる。すべて責任をとられる。人格否定する。「こんな風に育てた親が悪い!」と親を中傷する。「お前なんかと友達になるなんてロクな友達じゃない」と友達を中傷する。といった具合です。

 

拘束時間はだいたい朝の6時から夜の10時まででしたのでほぼ一日中説教されてました。

 

僕は格闘技界でも厳しい人間関係を見てきましたので、その時は農業界もこれが普通なのかな?と思ってました。本気で農業したいならこれくらい乗り越えなければならないのかなと。

 

むしろ殴る蹴るがないだけマシかなと。

 

 

そんな中、「出資をして共同経営にしないか?」という話をされました。

 

弟子の女性は「私は200万円出資しています。」

研修生の女の子も「私は50万円出資しています。」

と言います。

 

格闘技中心の生活を送ってて社会常識を知らない僕はその話にコロッと騙されて銀行のカードローンで200万円借りて出資してしましました。30歳という若くもない歳から農業を始めるので「早く一人前にならなきゃ!」という焦りもありました。

 

それと、前述の通り僕は知り合いに農家がいませんでしたので「農家はいい人」という幻想と「田舎なのでもし騙されそうなら近所の人が注意してくれるだろう」という幻想を抱いていましたので「まさか騙し取られる事はないだろう」とのん気に構えてました。

 

※現実は農家も経営者なのでお金に対してシビアですし、田舎も都会と同じで「ややこしいのには関わらない」です。

 

 

 

そんな事もあって、3カ月が経ち、ついに前の仕事を退職して初出勤!

 

初の仕事はなんと!

 

 

お見舞いでした。

 

 

研修生の女の子が精神的なストレスで精神病院に入院してしまったのです。

 

 

出勤時間になっても出てこなく、借りている部屋の呼び鈴をならし叫んでも出てこないので管理人連絡して開けてもらったとの事です。

 

包丁を握りしめて気を失っていた状態で発見されたそうです。

 

そして、丹波の精神病院に入院しててもなかなか状態が良くならなく、親が迎えに来て都会に帰ってしまいました。

 

 

それから僕の本格的な仕事が始まりました。

 

 

 

新規就農の失敗談②~落ちぶれ農家の末路~

につづく

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